その短命もあってか、Wikipedia「右近」の項では、「三八 右近」の恨み節の相手とも囁かれ、また、「美貌であり、和歌や管弦にも秀でていた」らしく、「『後撰和歌集』や『大和物語』などに、雅子内親王(醍醐天皇皇女、伊勢斎宮)ほか多くの女流歌人との贈答歌が残されている」と、そのもてっぷりも絶賛紹介されているのだから、……まあ、どうせいけ好かない歌を詠んでいるんでしょ、……いやいや、絶対そうに決まっている! と、我ら不細工衆によって、端から拗け心全開で百人一首を紐解かれたとしても、これはもう、しょうがないのではないか。
ということで、
四三 権中納言敦忠あひみての のちのこころに くらぶれば
むかしはものを おもはざりけり
〈通釈〉 こうして逢ってからの今の苦しい恋心にくらべると、逢はぬ昔は大した物思いをしなかったのだなあ。
(任天堂株式会社『小倉百人一首しおり』)
ああ、もう、何て言うか、洒落臭え!
