Jun 25, 2012

Certain Substances / Monty Python

蛇足ながら、一番好きなモンティ・パイソンのスケッチは、"Certain substances"。Graham Chapmanの目が凄い。

Jun 24, 2012

鬱金 -前篇-

ウコン。尾籠な話で恐縮……は一切していないが、うっかり大と間違えて(心の)水洗レバーを引いてしまいそうな名前のバラ科の植物である。そんなの飲んでまで酒飲まなくても……でおなじみのショウガ科の同名植物とは別物だが、桜で唯一黄色の花が咲くということで、名前は、そのショウガ科の方の根で染めた色「鬱金色」に由来しているらしい。



それにしても、「鬱金」という字面が良い。「鬱金色」の淡い黄色は、確かに、艶がなく思い屈した、メランコリックな金色という趣きだ。しばらく標札を眺めていると、「鬱金」という語感から、Neil Youngの"After the Gold Rush"という曲名がふと頭を過ぎり、早速albertine(当方のiPod)で同曲を出しながら、この感傷的な曲調は、傷付いた人々の個の救済に大いに貢献したに違いない、が、同時に、怒りから哀しみへ、諦めを肯定する反動的風潮の流布に遍く利用された感も否めないわけで……などなど、曇天空の下、文字通り鬱々と自己批判する羽目になる。



“Thinkin’ about what a friend had said / I was hoping it was a lie”とか口ずさみながら、図らずもMonty Pythonの"So much for pathos!"が浮かぶ。



John Dowlandの"Lachrimae Antiquae"について書いた時にも同様の問題に突き当たっていたのだが、melancholy songsをはじめとするメランコリックな表現がなぜ通俗的になりがちか? というのは、ひとつには、このように現状に違和感を抱きながらも泣く泣く受け入れるという、陶酔的な現状肯定の効用で、製作意図とは関わりなく制度維持に協力してしまうからではないか。
……しかし、反動的だろうが感傷的だろうが、どんな手段を使っても癒されなければならない人はいる。一方、安直に癒されている場合じゃないぞ! という人もいるわけで、またしても自己批判に戻ってくる。(つづく)

Jun 17, 2012

人は皆一人で生まれ一人で死んでいく / 木下古栗

木下古栗の「人は皆一人で生まれ一人で死んでいく」を読む。いつもながらのどうでも良い(というのはこの場合、最大の賛辞なのだが)導入部にハートを鷲掴みにされ、やがて場面は雑居ビルの美容室に……。
そこで、客の三十路の女の頭皮マッサージを終えた美容師近藤に、声が聞こえる。
「おい、イカせたな! こいつは今確実に新次元のアクメに達していたぞ! お前はもはや美容師でも何でもない、プロフェッショナルの皮を被った立派な素人性感マッサージ師だ! (…)」
(木下古栗「人は皆一人で生まれ一人で死んでいく」 群像2012年7月号p.172)
そして、髪型を作っている最中にも、
「呆れるほど卑猥な手つきだな……もし電車の中でそんなふうに女の髪を触りまくっていたら痴漢以外の何物でもない」
(同p.174)
との声。……確かにその通りだ。そう言えば、「Tシャツ」でも、
先客の女性がパーマ液が浸透するまで放置されている間に頭皮マッサージを受けるハワード。「これはオルガスムスのように気持ちいいですね」
(木下古栗「Tシャツ」 群像2011年11月号p.167)
というくだりがあったっけ。
それはともかく、後半p.188からp.192まで畳み掛けるように続く饒舌な列挙を、しっかり読ませる配置と匙加減は天才的だと思う。「五万人っ子政策を。」とか「チグリスとユーフラテスと鳥皮ポン酢を。」とか「規格外の罪悪感を。」とか「両手に刃物でディベートを。」とか「究極の他力本願を。」とかが好き。
しかし、やはりこの短編の真骨頂は、物語を紡ぎ出そうと遮二無二繰り広げられる導入部の無駄話(繰り返すが誉め言葉)、発端を手繰り寄せるべく手探りで前に進むその極めて小説的な仕草にあるのだと思う。曲が始まる前のリー・ラナルドのギター・チューニングに痺れるのと同じ感覚で。


Jun 10, 2012

クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国 / 若桑みどり

少し前だが、若桑みどりの『クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国』に読み耽った。「天正少年使節」の四人の少年の話である。1582年(天正十年)、九州のキリシタン大名によりヨーロッパに派遣された彼らは、各地で歓待され、教皇グレゴリオ十三世との謁見を果たしたのち、1590年(天正十八年)、禁教と迫害に向かう「変わり果てた日本(集英社文庫 下p.328)」に帰国する。プロローグで「この四人の少年の運命は日本の運命にほかならない(上p.19)」と書かれている通り、「日本に帰ったあとの四人の少年の苦渋と苦難(上p.19)」には胸を締め付けられるわけで、「マンショは四十二歳で病死した。マルティーノは国外追放となりマカオで死んだ。そしてジュリアンは潜伏し、長崎で殉教した。ミゲルがいつ死んだかはわからない。彼は棄教者となった。(下p.371)」ということになるのだが、取り分け、「第五章 ローマの栄光」の章で、早くも「帰国ののちにはじまる彼らの人生は、すべて、神父になるための、ラテン語を含めてのきびしい勉学と修業に費やされた。それを彼らはやり遂げたのだ。ただひとりを除いて。(下p.100)」と暗示されている「ただひとり」ミゲルの、「今は何も知られていない(下p.424)」、断片的な報告だけから浮かび上がって来る後半生像には、―分かりやすいところに、分かりやすく感じ入ってしまって申し訳ないが―、身につまされるという以上に 、切実なものを覚えた。
もしミゲルが、疑うことを学び、神をも仏をも信じない自由を悟り、そしていかなる宗派にも、いかなる藩にも属さず、キリスト教徒でも仏教徒でもない人間として長崎の町で人知れず生きて死んでいったとすれば、それは現代のわれわれにもっとも近い人間であった。(下p.424)