Dec 13, 2007

Nozaki's

コンビーフの有名な缶切りをネジ回すのは、いつもわくわくする体験だけれど、取っ手の付いた棒にゼンマイが精巧に絡み付いた使用済みの缶切りは、もう用なしだというのに、まだやる気まんまん……というかこれから始めるところなんですけど、という表情なので、いつだって私を申し訳ない気持ちにさせる。誰か新しい使い方を考えてくれないか(丸投げ)?

Dec 3, 2007

「ガスが出ないので/給食はお休み」

うっかり『20世紀年表』を眺め始めると、しばしば気が付いたら外は真っ暗ということになる。ここに羅列された断片的な記事を、敢えて詳しく調べることなく、ひたすら深読みする。例えば1952年の写真では、「今週の給食」という献立表らしい黒板に向かい、背広の親父が「ガスが出ないので/給食はお休み」と毛筆で書かれたビラを貼っている。まず、給食を休むに事欠いて「ガスが出ないので……」とは如何なものか? (しかも、かなり字がうまい!)と思うが、写真のタイトル「深刻になったガス不足」を見て、どうやら炭労の長期ストと関係することが分かり、この写真記事の反動的主旨に若干鼻白む。……どうやら私は必要以上に嗅回ってしまったようだ。そこで気を取り直して、この日みんなが食べたお昼ごはんについて考えてみる。ガスが出ないんじゃしょうがない、やっぱ刺身かな? とマリー・アントワネット風な代案が頭を横切り、一人ニヤニヤしているうちに一日が終わる。


Jan 28, 2007

たちぎれ線香 / 桂米朝

久しぶりに桂米朝の「たちぎれ線香」で泣いた。解説にも書かれているが「落語には珍しい純愛物語」だ。色街の芸妓に入れ上げた船場の若旦那が、親族会議にかけられ、蔵に百日放り込まれる。突如音信不通となった若旦那に宛てて、芸妓はひたすら手紙を書く……という話。そもそもがお金の絡んだ関係ゆえ、外面はどこからどう見ても「遊び」に他ならず、社会的に彼らの「恋」を証明するものは何もない。引裂かれた二人は、お互いの状況も分からないまま、ただただ破局に向かっていく。……というわけで、拝聴を終え、しばらく余韻に浸ってから、「ああ、やっぱり『恋』を動かしているのは『信頼』じゃなくて『不安』なのね……」とでも漏らしたいところだったが、「嗚呼、この(男に都合が良過ぎて)下手すれば不愉快にもなりかねない危うげな作品を支えているのは、『物語』じゃなくて『視点の移動=ポリフォニックな作劇』なのね……」と、寧ろそっちのほうに溜息が出た。