May 8, 2009

The Time Traveler's Wife / Audrey Niffenegger

映画"The Time Traveler's Wife"は去年(2008)公開される予定のところが今年(2009)の8月に延びているようで、そもそも日本で公開されるかどうかは未定だそうだが、Audrey Niffeneggerの"The Time Traveler's Wife"を再読した。
本棚の本を並べ替えている途中にペラペラめくっていたら止まらなくなったわけで、この本は実際そういう魅力--宙吊り状態の解消のために次から次へと読み続けなければ収まらない--を有している。
自らの意志とは関係なくタイムトラベルしてしまう男の病気のため、女が初めて男と出逢うのは女が6才・男が36才の時なのに、男が女に初めて出逢うのは男が28才・女が20才の時だという、Girl meets boyとBoy meets girlの非対称を設定しただけでも、この小説は(些か漫画的なきらいはあるものの)際立っている。(2009/9/29発売で予約が始まっている新作の表題が"Her Fearful Symmetry"というのも、「対称⇔非対称」に関する偏執の継続を期待させる。……双子の話のようだが。→Simon & Schuster)。
ところで、"The Time Traveler's Wife"は、予定説的な世界観を推し進めたという点で、flash-forwardを多用したMuriel Sparkの"The Prime of Miss Jean Brodie"から補助線を引くことも可能かも知れないが、SFの枠組みに収まっているし、Daily Telegraphの評の通り、語りが"Utterly convincing"なため、良くも悪くも世界観自体が浮き彫りになることはない。
また「帰郷」の観点から眺めると、時間旅行をする夫という内容が内容だけに、当然のように、最終ページはHomerの"The Odyssey"で締め括られており、本文中でも『オデュッセイア』は、妻Clare側から1回、夫Henry側から1回、対称に計2回触れられている。
CLARE: (...) Every day I work, but nothing ever materializes. I feel like Penelope, weaving and unweaving.
And what of Henry, my Odysseus? Henry is an artist of another sort, a disappearing artist. (p.274)
HENRY: (...) What an uncertain husband I have been, Clare, like a sailor, Odysseus alone and buffeted by tall waves, sometimes wily and sometimes just a plaything of the gods. (p.503)
今、引用のためにページをめくっていたら、また読み始めそうになってしまった。"Her Fearful Symmetry"がとても楽しみ。

May 7, 2009

フトモモ科(Myrtaceae)

お金を使わずに幸せになろうと(*)、町で植物の名標を集めることにしたのだが、折角だからもう少し範囲を狭めて……と、端的に名前が素敵だし、最速で2枚撮れたフトモモ科に執着することにした。
次にグアバぐらい直ぐ見付かるだろうと安易に考えていたのに、早くも手詰まりの感。




(*)「じゃあね、お金を使わないで幸せになる方法ってのを教えて上げようか。まずこうするじゃない(……)ねえ、ここにキスして、ここ。うん、僕ここに弱いんだよ(……)君は? ここ? ここ? ここ?」という岡村靖幸「家庭教師」の感慨深いアウトロの影響を受けて、時折、お金を使わないで幸せになる方法を模索する。