Jul 8, 2012

あーと いってよ あー / 小野寺悦子 ぶん 堀川理万子 え


あーと いってよ あー(福音館書店)

『あーと いってよ あー』というタイトルだけで、ぐっと来るのだから、この黄色い表紙の絵なんて見たら、もうたまらない。何て楽しそうなんだ、この人たちは! ただ、あーと言っているだけなのに。……出来たら私も仲間に入れて欲しい。そんな絵本。

「あーと いってよ あー」という言葉から、
電話口でおっ、て言って前みたいにおっ、て言って言って言ってよ
東 直子
という結構好きな短歌を思い出して、これは穂村弘の『短歌の友人』の一番最初に引用されている東直子の歌なのだけれど、やっぱり「あーと いってよ あー」の方が、少なくとも現時点の私にはしっくり来る。それは、たぶん、おっ、て言うのは、二人だけの密やかな営みだからで、二人だけだからより複雑なインタープレイが出来る一方、みんなで楽しむには洗練され過ぎているからだと思う。

『あーと いってよ あー』が、「こどものとも年少版」ではなくて、「ちいさなかがくのとも」ってところもいい。これは「かがく」なんだ。「うえを むいて あーと いってみて」「したを むいて (…)」という誘惑に素直に乗って、おずおずと声を出してみよう。すると、上を向くか、下を向くかで全然音が違うことが分かるはずだ(……身に浸みて体験するというべきか)。続けて、数々提案されるがままに、口や胸を叩きながら、喉に手を当てたりしながら、あーあーあーと連呼していると、本当に不思議な音が出るし、すごく楽しい。わくわくする。そして、しまいに、「(…)せかいじゅうのひとが いっぺんに あーと いったら、(…)」となった時点で、私ははっと気付くのだ、あーと叫んでいる私が誘われているところが、実はユートピアであることに……。

最近読んでいるJeff Kalissの "I Want to Take You Higher"というSly & the Family Stoneの伝記本の前書に、
I like playing with everybody, but I can only harmonize with a few.
と、Sly Stone が2008年2月の日付で書いていて、その諦念ともつかない言葉に、文脈をはなれて落涙しそうになったのだが、つまり、みんなであーという非現実的な夢を見るのか、二人でしっぽり、おっ、て言うのか、(その両方をやろうとしたのが、John LennonとYoko Onoの"Bed-Ins for Peace"なのかも知れないが―それは欲張りってものではなかろうか?―)、私は、どうしても、みんなであーという夢を夢見たい。

因みに、『あーと いってよ あー』は、「ちいさなかがくのとも 2009年4月号」として出版され、バックナンバーは品切れ中。愛と平和のためにも傑作集か何かでの刊行を切に望む。


(2015年5月31日追記)本書は2015年5月15日に「幼児絵本ふしぎなたねシリーズ」として第1刷発行された。たぶん、愛と平和のために……。あー。

Jun 25, 2012

Certain Substances / Monty Python

蛇足ながら、一番好きなモンティ・パイソンのスケッチは、"Certain substances"。Graham Chapmanの目が凄い。

Jun 24, 2012

鬱金 -前篇-

ウコン。尾籠な話で恐縮……は一切していないが、うっかり大と間違えて(心の)水洗レバーを引いてしまいそうな名前のバラ科の植物である。そんなの飲んでまで酒飲まなくても……でおなじみのショウガ科の同名植物とは別物だが、桜で唯一黄色の花が咲くということで、名前は、そのショウガ科の方の根で染めた色「鬱金色」に由来しているらしい。



それにしても、「鬱金」という字面が良い。「鬱金色」の淡い黄色は、確かに、艶がなく思い屈した、メランコリックな金色という趣きだ。しばらく標札を眺めていると、「鬱金」という語感から、Neil Youngの"After the Gold Rush"という曲名がふと頭を過ぎり、早速albertine(当方のiPod)で同曲を出しながら、この感傷的な曲調は、傷付いた人々の個の救済に大いに貢献したに違いない、が、同時に、怒りから哀しみへ、諦めを肯定する反動的風潮の流布に遍く利用された感も否めないわけで……などなど、曇天空の下、文字通り鬱々と自己批判する羽目になる。



“Thinkin’ about what a friend had said / I was hoping it was a lie”とか口ずさみながら、図らずもMonty Pythonの"So much for pathos!"が浮かぶ。



John Dowlandの"Lachrimae Antiquae"について書いた時にも同様の問題に突き当たっていたのだが、melancholy songsをはじめとするメランコリックな表現がなぜ通俗的になりがちか? というのは、ひとつには、このように現状に違和感を抱きながらも泣く泣く受け入れるという、陶酔的な現状肯定の効用で、製作意図とは関わりなく制度維持に協力してしまうからではないか。
……しかし、反動的だろうが感傷的だろうが、どんな手段を使っても癒されなければならない人はいる。一方、安直に癒されている場合じゃないぞ! という人もいるわけで、またしても自己批判に戻ってくる。(つづく)

Jun 17, 2012

人は皆一人で生まれ一人で死んでいく / 木下古栗

木下古栗の「人は皆一人で生まれ一人で死んでいく」を読む。いつもながらのどうでも良い(というのはこの場合、最大の賛辞なのだが)導入部にハートを鷲掴みにされ、やがて場面は雑居ビルの美容室に……。
そこで、客の三十路の女の頭皮マッサージを終えた美容師近藤に、声が聞こえる。
「おい、イカせたな! こいつは今確実に新次元のアクメに達していたぞ! お前はもはや美容師でも何でもない、プロフェッショナルの皮を被った立派な素人性感マッサージ師だ! (…)」
(木下古栗「人は皆一人で生まれ一人で死んでいく」 群像2012年7月号p.172)
そして、髪型を作っている最中にも、
「呆れるほど卑猥な手つきだな……もし電車の中でそんなふうに女の髪を触りまくっていたら痴漢以外の何物でもない」
(同p.174)
との声。……確かにその通りだ。そう言えば、「Tシャツ」でも、
先客の女性がパーマ液が浸透するまで放置されている間に頭皮マッサージを受けるハワード。「これはオルガスムスのように気持ちいいですね」
(木下古栗「Tシャツ」 群像2011年11月号p.167)
というくだりがあったっけ。
それはともかく、後半p.188からp.192まで畳み掛けるように続く饒舌な列挙を、しっかり読ませる配置と匙加減は天才的だと思う。「五万人っ子政策を。」とか「チグリスとユーフラテスと鳥皮ポン酢を。」とか「規格外の罪悪感を。」とか「両手に刃物でディベートを。」とか「究極の他力本願を。」とかが好き。
しかし、やはりこの短編の真骨頂は、物語を紡ぎ出そうと遮二無二繰り広げられる導入部の無駄話(繰り返すが誉め言葉)、発端を手繰り寄せるべく手探りで前に進むその極めて小説的な仕草にあるのだと思う。曲が始まる前のリー・ラナルドのギター・チューニングに痺れるのと同じ感覚で。


Jun 10, 2012

クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国 / 若桑みどり

少し前だが、若桑みどりの『クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国』に読み耽った。「天正少年使節」の四人の少年の話である。1582年(天正十年)、九州のキリシタン大名によりヨーロッパに派遣された彼らは、各地で歓待され、教皇グレゴリオ十三世との謁見を果たしたのち、1590年(天正十八年)、禁教と迫害に向かう「変わり果てた日本(集英社文庫 下p.328)」に帰国する。プロローグで「この四人の少年の運命は日本の運命にほかならない(上p.19)」と書かれている通り、「日本に帰ったあとの四人の少年の苦渋と苦難(上p.19)」には胸を締め付けられるわけで、「マンショは四十二歳で病死した。マルティーノは国外追放となりマカオで死んだ。そしてジュリアンは潜伏し、長崎で殉教した。ミゲルがいつ死んだかはわからない。彼は棄教者となった。(下p.371)」ということになるのだが、取り分け、「第五章 ローマの栄光」の章で、早くも「帰国ののちにはじまる彼らの人生は、すべて、神父になるための、ラテン語を含めてのきびしい勉学と修業に費やされた。それを彼らはやり遂げたのだ。ただひとりを除いて。(下p.100)」と暗示されている「ただひとり」ミゲルの、「今は何も知られていない(下p.424)」、断片的な報告だけから浮かび上がって来る後半生像には、―分かりやすいところに、分かりやすく感じ入ってしまって申し訳ないが―、身につまされるという以上に 、切実なものを覚えた。
もしミゲルが、疑うことを学び、神をも仏をも信じない自由を悟り、そしていかなる宗派にも、いかなる藩にも属さず、キリスト教徒でも仏教徒でもない人間として長崎の町で人知れず生きて死んでいったとすれば、それは現代のわれわれにもっとも近い人間であった。(下p.424)

Mar 17, 2012

Surimi (Kani-kama)


(*) Photo : Wikipedia (Surimi).

En 1973, Sugiyo Co., Ltd. (Japon) a inventé le surimi comme l’imitation de crabe, qui était un aliment de luxe. Son slogan original était « comme un crabe, pas de crabe ».
Au Japon, nous l’appelons « kani-kama » ordinairement. C’est une forme de « surimi (la pâte de poisson)». « Kani » en japonais représente « crabe », et « kama » est l’abréviation de « kamaboko = surimi (la pâte de poisson) ». Donc « kani-kama » littéralement signifie « la pâte de poisson saveur crabe ».

Au fait, je préfère le surimi à base de chair de poisson blanc au véritable crabe. Mais je ne dis pas que je préfère l’imitation à l’original. Parce que maintenant, le surimi n’est plus l’imitation de crabe. Il a déjà formé sa catégorie particulière.

Alors j’aime la musique de Captain Beefheart mais ce n’est pas pour raison de l’extension du blues.



Et le charme de Shampoo n’est pas dans le contexte du rap.



Je ne peux pas m'empêcher d’adorer les fruits étranges comme ça.

Mar 10, 2012

ぐりとぐらの見分けかたn° 3「大食」

承前)せめて片方がこっちのGulaなら何とか見分けがつくのだが……。


Gula, 1558
Gravure de Hieronymus Cock d’après un dessin de Pieter Bruegel l’Ancien

と、ブリューゲル父(1525-1569)の画集を眺めながら考えていた。「七つの罪源」シリーズの「Gula(大食)」である。「ぼくらの なまえは ぐりとぐら このよで いちばん すきなのは おりょうりすること たべること」とか言っている場合ではない。「暴飲と暴食は慎むべし」。

  
ぐり         と Gula (détail)

ぐり ぐら ぐり ぐら。(つづく)

Mar 4, 2012

スガキヤラーメン風味ふりかけ / 株式会社 浜乙女

郷愁を誘ってやまない名古屋のラーメンと甘党の店、スガキヤのラーメンを模したふりかけであり、ぜひ食したい一品である。オリジナルであるスガキヤの和風とんこつ味のスープは、「昆布と魚でだしを取り、とんこつスープと合わせた独特の風味」ということで、このうどんっぽい出汁の旨みが、足繁くお店に通わせる原動力となっていたわけだが、それはともかく、四の五の言っていないで、やや硬めに炊いた熱々ご飯の上に、この心躍る白い粉を勢い良くふりかけてみよまい。





スガキヤラーメン風味ふりかけ | 浜乙女



 さて、早速、ふりかけとご飯のバランスを箸先で按配しながら(混ぜるなんて論外!)口に含ませると、浜乙女らしい味付鯖削り節がしっかりと味感のベースを支えており、いっかな危なげのないところに、徐々に顆粒が崩れて来て、和風とんこつ味のスープの旨みがじわっと広がっていく。……なるほど、スガキヤラーメンの出汁とは金ぴかの装飾だったのか! と、如何にも名古屋らしい展開に驚くわけだが、それにしても、葱の甦り方がすごい。この馥郁たる香味からは、卓越した冷凍乾燥技術が垣間見えるわけで、乾燥わけぎでおなじみの浜乙女の真骨頂である。

 ことほど左様に、スーちゃんのスガキヤと、でえたらぼっちの浜乙女という、共に1946年創業、本社を名古屋に持つ老舗同士の夢のコラボレーションは、期待に違わぬ素敵なラーメン風味ふりかけを産み出したのだった。

 ああ、この世の美味しいもの全てが、ふりかけになればいいのに……。

Feb 20, 2012

Cafe de 鬼(顔と科学) / 電気グルーヴ

腰痛でお布団に伏せていると、頭の中を「オレは背骨の無い男(ハァ~ない男ったらない男)♪」というフレーズがぐるぐると回る。何とかして欲しい。

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渋谷にゃカラスとお店が多いから / くみ取り便所に潜伏中なのだ

Feb 9, 2012

「たゞでも読むがめんどうでござんす」(山東京伝『江戸生艶気樺焼』について-後篇-)

承前)前篇「此不自由なところが日本だとうれしがりけり」では、『日本古典文学全集 46 黄表紙 川柳 狂歌』(小学館)にて「百万両分限のひとり息子の艶二郎が、醜い容貌にもかかわらず、うぬぼれが強くて色男を気どり、女にもてよう、世間に艶名をうたわれようと、だいそれた望みをおこし、金にあかしてあらゆる愚行をした果てに、にせ心中をしようとしたが、向島での道行きの途中、覆面した番頭に妨げられて失敗し、やっと目がさめて身をかためるという筋である」と解説されている山東京伝(政演)画作の『江戸生艶気樺焼』における、想像上の色男を、金をふんだんに使ってなぞっていく作業、すなわち、「恋愛プレイ」の実践的な効能について考察した。後篇では、このプレイを支える早過ぎた凡庸の時代について触れたい。

 まず「醜い容貌にもかかわらず、(…)女にもてよう、世間に艶名をうたわれようと、だいそれた望みをおこし」と冷ややかに要約されているが、確認しなければならないのは、そもそも、凄まじいことに、艶二郎は「女にもてよう」とすらしていないということだ。彼は「もてたい!」をあっさり素通りして(いや、素通りさせられて、というべきか ?)、「もてていると思われたい!」という非常に社会性の高い欲望を抱いているわけで、青少年諸兄にはお馴染みの、収拾が付かなくなるまで膨張する「嘘彼女」と同じ構造なのである。艶二郎が最初にしたことを思い返してみよう。「艶二郎はまづ彫り物がうわきの始まりなりと、両ほうの腕、指のまたまで、二三十ほどあてもなき彫り物をし」たのではなかったか? また「近所の評判の芸者を五十両にてやとい、うちに駈けこませ、「この噂さぞ世間でするだろうと思ひのほか、隣でさへ知らぬゆへ、(…)読売をたのみ、此のわけを板行にをこして、(…)江戸中を売らせる」というジャーナリスティックな行動に走る仕草はどうか? これがもてたい男のすることか!

 しかしながら、山東京伝の真骨頂は、読売の「評判評判。仇気屋のむすこ艶二郎といふ色男に、うつくしい芸者がほれて駈けこみました。(…)紙代板行代におよばず、たゞじやたゞじや」という呼び声に、窓から見る女が、
「なにさ、かたもない事だのさ。みんなこしらへ事さ。たゞでも読むがめんどうでござんす」
と呟くことである。もてるとか、もてないとか、実はそんな物語はどうでも良くて、「たゞでも読むがめんどうでござんす」というところまで、印刷物に対する接し方が成熟していることに着目したい。(本題からやや逸れるが、当方、心が拗けているせいか、小説中で不意に読書が素敵に描かれると困惑する。原理的に読書中の人しか目にしない文章で、素直に読書の素晴らしさを讃えるならまだしも、読書をお洒落に知的に描くという周到さ。もちろんこちらの拗け心ゆえのことだろうが、時に破廉恥だとさえ思う。斯様に「たゞでも読むがめんどうでござんす」という記述と、私は羞恥心を共有するのであるが、それはともかく)。そういう観点に立って改めて俯瞰すると、艶二郎が「腹ばいに寝そべって、たばこをふかしながら、新内の正本を見ている」齣で始まり、最後の齣では「(…)しかし一生のうきなの立ちおさめに、今までの事を草双紙にして世間にひろめたく、京伝をたのみて、世上のうわき人を教訓しける。」との創作秘話にて締め括られるこの黄表紙が、実は色男に対する執着ではなく、徹頭徹尾、印刷物に対する執着に関するものである様が浮かび上がってくる。すなわち、艶二郎は一切懲りていない。いや、それどころか、全ては艶二郎の筋書通りだったのだ。

 ことほど左様に、どことなくフローベール(1821-1880)の『ブヴァールとペキュシェ』も髣髴とさせ、見方によっては、凡庸の時代を生きる近代小説のずっと先を行っているようにも見える、山東京伝(1761-1816)二十代半ばの作『江戸生艶気樺焼』、これも「天明の青春」(石川淳「狂歌百鬼夜狂」)のなせる業であろうか?

Jan 28, 2012

「此不自由なところが日本だとうれしがりけり」(山東京伝『江戸生艶気樺焼』について-前篇-)

これを越える漫画が果たしていくつあるだろうか、という素晴らしい完成度の黄表紙、山東京伝(政演)画作の『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』天明五(1785)年刊 通油町蔦屋重三郎板)を紐解き、
「此不自由なところが日本だとうれしがりけり」
との一節に目が留まる。主人公の艶二郎が、たいこ医者 (*1) のわるゐ志庵に、浮名という女郎をわざわざ揚げづめにさせて、自分は新造買い(表向きは新造を買い、その姉女郎とひそかに逢う)にて逢うという粋狂な遊びをしての感想であり、『日本古典文学全集 46 黄表紙 川柳 狂歌』(小学館)の頭注によれば、「日本」とは「このころの流行語で、日本一、最上。」とのことだが、そんなことはどうでも良くて、やはり、今日的な意味での「此不自由なところが日本だとうれしがりけり」と洒落込みたい。

 それはさておき、
「百万両分限のひとり息子の艶二郎が、醜い容貌にもかかわらず、うぬぼれが強くて色男を気どり、女にもてよう、世間に艶名をうたわれようと、だいそれた望みをおこし、金にあかしてあらゆる愚行をした果てに、にせ心中をしようとしたが、向島での道行きの途中、覆面した番頭に妨げられて失敗し、やっと目がさめて身をかためるという筋である」
と解説されているこの『江戸生艶気樺焼』だが、艶二郎がうぬぼれたのは、「ヲヤ鳥羽絵のやうな顔のひとが通る。みんな来てみなせい」と女に言われて、「また惚れたそふだ。色男もうるさいぞ」と誤解した時くらいで、いや、その時すら、実はわざと誤解しているのではないかという節もあり、これは、基本的には、自分がもてないことを知りながら、想像上の色男を、金をふんだんに使ってなぞっていく作業に徹する話だと言える。それは、少しばかり大掛かりな性的ロールプレイみたいなものだったのだ。(……ここから安直にコスプレ文化にこじつける愚は犯すまい)。

 しかし、この「恋愛プレイ」は決して穏やかな遊びではなく、例えば、「役者・女郎などの心意気にて、回向院道了の開帳へ、提灯を奉納せんと思ひ」、艶二郎が紋入りの提灯を「ずいぶん目にたつやうに奉納」する際の、「もちろん何の願もなけれども」という一文などは大いに笑ったのだが、しかし、では、本家本元の役者・女郎衆に如何ほどの願があったのか、という話にもなろうし、また、焼餅をやいてもらうために抱えた妾との会話、
艶二郎「はづかしいこつたが、うまれてから初めて、焼餅をやかれてみる。どふもいへねへ心持だ。もちつとやいてくれたら、てめへがねだつた八丈と縞縮緬をかってやらふ。もちつとたのむたのむ」
妾「このあとは、八丈と縞縮が来てのことさ」
というくだりもお約束で噴き出してしまうのだが、じゃあ、そもそも「本物の」焼餅って何だ? という感慨を抱くわけで、これは正に、綿密に対象(この場合は「恋愛」)の表層をなぞらえて「プレイ」することによって、複製の純度がオリジナルを越え、今や、艶二郎の純粋な行為は「恋愛」よりも「恋愛」らしくなり、どうやら現実に繰り広げられているらしい素敵な「恋愛」とやらを糾弾するわけで、凡庸な結論で申し訳ないが、一先ず、これは、非常に洗練された「うがち」ということになろう。(つづく

(*1) たいこ医者:すごい言葉! マルセル・プルースト『失われた時を求めて』のコタール医師もこの類か? 頭注に記された「進んではたいこ退いては藪医」(柳多留拾遺五・3)という句も面白い。

Jan 24, 2012

ぐりとぐらの見分けかたn°2「ほくろ」

承前)だがしかし、「ぐりはいつも青、ぐらはいつも赤」という服の色以外でぐりとぐらを見分けることは可能だろうか? 
 そもそも、「青いほうがぐりで赤いほうがぐら」と、これまで何気なく服の色で識別して来たこと自体酷い話なのであって、喩えて言うなら、桃色だから林家ペー・パー子、サングラスをかけているから澁澤龍彦、と決め付けるようなものだ。この伝では林家ペーと林家パー子の区別はどうやっても付かないし、野坂昭如も澁澤龍彦になってしまう。
 それに、いつだって青がぐり・赤がぐらなら、ピンキーとキラーズの「恋の季節」に出て来る「あの人」は「ぐり」、「四国辺のある中学校」の「わんわん鳴けば犬も同然な(夏目漱石『坊っちゃん』)」あの教頭は「ぐら」と、枚挙に暇がない。



 しかし、それにしても、夜明けのコーヒーふたりで飲む前には「裸だったから分かりませんでした」では済まされない事情もある。前述した「Y・Y氏」の証言によれば、ぐりとぐらが「入れ替わってお互いのふりをしていないとは限らない(福音館書店母の友編集部編『ぼくらのなまえはぐりとぐら 絵本「ぐりとぐら」のすべて。』p.50)」のだから、仕草や声色まで似せている可能性は否めないが、少なくとも「ぐり的なもの」と「ぐら的なもの」という程度の差異は存在するはずだ、……と、調停委員でなくても疑う必要があろう。例えば、ぐりの背中に桜吹雪、ぐらの左の乳のすぐかたわらに三つの黒子でもあれば、お白州の悪党どもにも一目瞭然だし、本多も間違った養子縁組をせずに済むわけで(三島由紀夫『天人五衰 ―豊饒の海・第四巻―』)、速やかに「これにて一件落着」となるのだが、比較的肌が露出している『ぐりとぐら』(ズボンのみ)『ぐりとぐらのかいすいよく』(水着)『ぐりとぐらとくるりくら』(ズボンのみ)『ぐりとぐらとすみれちゃん』(ズボンのみ)をつらつら眺めても、気になる点は、またしても、異色の最高傑作『ぐりとぐらとくるりくら』くらいで、例えばp.17のぐりの背中に五・六個、ぐらの背中に二・三個見える濃淡の強い色むら、これは一体何か! というところなのだが、やはり、これをほくろと呼ぶなら、牽強付会の謗りは免れまい。
 今のところ、彫り物や黒子の描写は「ぐりとぐら」シリーズ全作を通して、絵にも文にも見当たらないようである。いよいよ困った。(つづく

Jan 12, 2012

増補 民族という虚構 / 小坂井敏晶

この本で繰り広げられる論議については、既に「はじめに」で、くっきりと輪郭を描かれている。
民族同一性は虚構に支えられた現象だという主張を本書は一貫して展開してゆく。そのことはしかし、民族が現実の力を行使しないことを意味するのではない。虚構と現実とが相反するという常識がそもそも問題視されねばならない。
 (…)
 そしてさらには、虚構であるにもかかわらず現実を生み出すという消極的な発想から、もう一歩踏み込んで、実は虚構のおかげで現実が生成されるというように、虚構と現実を結びつけている積極的な相補性を明らかにしよう。
(小坂井敏晶『増補 民族という虚構』p.005-006)
と、このような方向付けのもと、「民族」を直接的な題材にして虚構の姿を追い続け、生物学、心理学、社会学など幅広い領域に渡って丁寧に検討していくのだが、当方にとって最も印象深かった例―まず衝撃を受け、やがてじわじわと得心していった例―は、下記のHenri Tajfelのものだった。
(…)例えば、硬貨を投げて裏が出るか表が出るかによって無作為に選ばれた半数の被験者を「紅組」と名付け、残りの半数を「白組」と呼ぶだけで、各被験者は自らが属する組をひいきにする。(…)
 ここで我々の関心にとって大切な点は、自分の組の利益を最大にする意図よりも、自他の差を最大にする動機から差別が生まれる事実だ。例えば自分の組の構成員がそれぞれ一〇〇〇円を獲得し、相手の組の構成員が八〇〇円得る状況Aと、自分の組の人々が五〇〇円を手に入れ、相手の組の人々が二〇〇円もらう状況Bのどちらかを選択できる場合、状況Aよりも状況Bを好む、すなわち、自らの組が損をしてでも他の組との差が大きくなるような選択をするのである。
(同上p.036-037 , 原注(21) H. Tajfel (Ed.), Differentiation between Social Groups: Studies in the Social Psychology of Intergroup Relations, Academic Press, 1978.)
ところで、「補考」として2011年発行のこの文庫に付け加えられた「虚構論」では、これまで切り口として来た虚構そのものが俎上に載って、駆け足ではあるものの論議は「世界が合理的に進行するならば、時間は消失する。そして、合理性からの逸脱が意味を生む」に至る。そこには虚構をめぐった緻密で息の長い探求の現在が垣間見え、思考は勢い壮大の色を帯びて来ているようで、『民族という虚構』、『責任という虚構』につづく、いや、もしかするとそれらをも包括する、次なる『虚構』への期待が膨らむ。

Jan 2, 2012

ぐりとぐらの見分けかたn°1「証言」

青いほうがぐりで赤いほうがぐらなのは当たり前の常識で、福音館書店母の友編集部編『ぼくらのなまえはぐりとぐら 絵本「ぐりとぐら」のすべて。』p.50-55「「ぐりとぐら」の世界をのぞいてみれば。」の「ぐりとぐら」の項、
ぐりとぐら
ふたごの兄弟の野ねずみ。いつも色違いのおそろいの服を着ている。ぐりはいつも青、ぐらはいつも赤なので、たやすく見分けがつく。(…)
(福音館書店母の友編集部編『ぼくらのなまえはぐりとぐら 絵本「ぐりとぐら」のすべて。』p.50)
などわざわざ引くまでもないのだが、同書のこれに続く一文が証言する、柔軟な思考、というよりも常軌を逸した懐疑に不意を突かれ膝がかっくんとなる。すなわち、
(…)ただ、ふたりをよく知るY・Y氏によると、ある日、入れ替わってお互いのふりをしていないとは限らない、とのこと。
(同上)
であり、「Y・Y氏」が作者の一人、山脇百合子氏でないことを祈りたいが、「ぐりはいつも青、ぐらはいつも赤」という我々の学習が揺さぶりをかけられているわけで、これまでそんなことは思いも寄らなかったのに、一度疑い出したら、ぐりの面をかぶったぐらや、ぐらの面をかぶったぐりが跋扈する同一性のぐらつき(ぐりつき?)に軽い眩暈がする。青いことを確かめて、ぐりと寝たつもりが、実はぐらだった、では如何にも都合が悪かろう、ほとんど、Audrey Niffeneggerの"Her Fearful Symmetry"の世界ではないか! ("Her Fearful Symmetry"はもっとややこしいが……)。ぐり ぐら ぐり ぐら。(つづく