この定番作品に難癖を付けるつもりなど毛頭なく、いや、それどころか「どようび、あおむしの たべたものは なんでしょう。チョコレートケーキと アイスクリームと ピクルスと ……(p.17,18)」の見開きが見たくてしばしば項を繰るほど好きなのだが、通読するたびに浮かぶのは、他でもない、「最後の3ページって本当に必要?」という疑問だ。「……ちっぽけだった あおむしは、ほら、こんなに おおきくて、ふとっちょに なったのです。(p.21)」と「まもなく あおむしは、さなぎに なって なんにちも ねむりました。……(p.22)」が隣り合っているページを捲ると、もう「「あっ ちょうちょ!」あおむしが、きれいな ちょうに なりました。(p.23,24)」なのだから、如何にも早い。お~い、まだ心の準備が出来ていないよ~というものだ。この味気なさは、勿論、力点が「はらぺこ」におかれている証なのだろうが、そのくせ、ちょうちょになった最終ページはそれなりにゴージャスな見開きになっており、数多の変態譚の構造を踏襲している。しかし、既に読者は(恐らく作者も)「……ちっぽけだった あおむしは、ほら、こんなに おおきくて、ふとっちょに なったのです。(p.21)」のページで一度クライマックスを迎えているのだから、これは単なるアリバイにしかならない。これら全てが計算された構造ではなく(当然、それでも構わないのだが)、普通の変態譚を書こうとして、ついつい「はらぺこ」部分に興が乗ってしまった帰結だったとしたら、なんて素敵なことだろう!