まずロパルツ。"Prélude, marine et chansons pour flûte, violon, alto, violoncelle et harpe (1928)" を。
このハープの出だしに、お正月のラフォーレ琵琶湖の廊下を彷彿とさせられる諸兄姉も多いだろうが、慌てて宮城道雄の『春の海(1929)』を聴き直してみても、具体的に似ているところはそれほどない。例えばハープのE-F#の開始の間合いが一尺六寸のD-Eの開始の間合いを連想させる(……ハープが同じ撥弦楽器の筝を連想させるのではない!)ということだろうか、などと、ぼんやり分析しながらも焦点の定まらぬ夢想は漂い続け、いつしか『前奏曲、海とシャンソン』(もっとも、今話題にしている冒頭は「海」ではなく「前奏曲」なのだが)と『春の海』、ブルターニュの海も鞆の浦も、どの海も、どうせ全ての水は繋がっているのだし、さしたる違いはない、――ねえ、そういうことでしょう、クリストファー・ロビン? と、牽強付会の説に流れたりもするのだが、実はそんな悠長な話でもなくて、ハープはそそくさと物憂げな分散和音に。――ああ、もう、誰かこれを涙なしに聴く方法を教えてくれたまえ! ――じゃあ、教えようか? ――あ、やっぱりいいです、とか何とか、些か被虐趣味めいた三文芝居を惜しみなく披露しつつ、深呼吸、深呼吸。心を落ち着かせて、伝記的事項を追記する。
ギィ・ロパルツ(Guy Ropartz, 1864-1955)は1864年Guingamp (Côtes-du-Nord) 生まれ。1885年にパリに出て、パリ音楽院にて、テオドール・デュボワ(Théodore Dubois, 1837-1924)に和声法、ジュール・マスネ(Jules Massenet, 1842-1912)に作曲法を学ぶ。後にセザール・フランク(César Franck, 1822-1890)に師事。1894年にはナンシー音楽院の院長に就任。1929年にLanloup (Côtes-du-Nord) に隠居し作曲を続ける……ということで、"Prélude, marine et chansons" は、そのブルターニュに戻る前の年の作品ということになる。Association Guy Ropartzのサイトの「Biographie」からの孫引きになるが、Louis Kornprobstの"Ropartz, étude biographique et musicale" (Éditions musicales d’Alsace, 1949) によれば、ロパルツは「ブルターニュと海と信仰の三つの源泉からインスピレーションを汲み上げた」とのこと。