Mar 2, 2013

シンテトケラス / アメリカ・テキサス州





先だって、国立科学博物館にて、シンテトケラスなる化石標本と、それにそっと添えられた生態復元想像図を観て、おいおい、本当かよ? と訝しんだのだったが、その疑惑は、中新世後期にアメリカ・テキサス州に生息していたという説明によって、晴れるどころか更に強まり――だって、テキサスだよ、テキサス!――、化石標本をもう一度しげしげと眺めて、吻上部Y字型の角の、Yに分岐する直前(一番肝心な部分でしょう!)で、折れたのかどうなのか、二つの部品が接着されている様を確認すると、いよいよ、テキサス流の悪い冗談ではないかという気になって来たのだった。テリーマンみたいな野郎が「うぉお、凄いの出たあ!」と、「ええ土」を発掘した時の笑い飯の要領で、掘り出している姿が目に浮かぶ。



……いや、百歩譲って、Y字型の角は本物だったとしよう。そうだとしても、シンテトケラスは、この生態復元想像図ほどシュッとした動物ではなかったのではないだろうか? 私がこの草食獣なら、何とも首が疲れそうだ。

さて、シンテトケラスから私が想起したのは、もちろん、村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)の一角獣である。初めて読み耽ったのは中学生の時分だったが、その後、実家用・下宿用・風呂用と文庫本を3セット持っていたくらいのもので、特に風呂用は、休日昼間の寮の風呂での徒然に、折々の「an・an」と共に重宝したものだった。
ついでに言えば、同書との類似が指摘される手塚治虫の『火の鳥 太陽編』(初出:『野性時代』1986年1月号 - 1988年2月号)も、先日、たまたま実家で読み返したばかりで記憶に新しく、やはり『火の鳥 太陽編』の「強制された狼面」という象徴的な共通点による二つの物語の交わり方と、『世界の終わりと……』の「遍在する一角獣の頭骨のイメージ」による交わり方では、設計思想からして違っていて、それは、絵によってイメージが明瞭化=制限される漫画では、二つの世界に出現した確かに似ている(ということは決定的に違う)小道具の、同一性を証明することに腐心しなければならない(:差異に同一性をデザインする)一方、小説では「獣」の一語で両者の同一性が担保され、後はそれぞれの世界で自由に一角獣を使って小咄を作る大喜利的な飛翔力が試されている(:同一性に差異をデザインする)、という形式の違いに由来するのかも知れない……と、ガラス越しに、シンテトケラス頭骨のY字部分より古い夢を読みながら、ぼんやりと考えた次第。テキサス・コンドルキック。