Jun 17, 2012

人は皆一人で生まれ一人で死んでいく / 木下古栗

木下古栗の「人は皆一人で生まれ一人で死んでいく」を読む。いつもながらのどうでも良い(というのはこの場合、最大の賛辞なのだが)導入部にハートを鷲掴みにされ、やがて場面は雑居ビルの美容室に……。
そこで、客の三十路の女の頭皮マッサージを終えた美容師近藤に、声が聞こえる。
「おい、イカせたな! こいつは今確実に新次元のアクメに達していたぞ! お前はもはや美容師でも何でもない、プロフェッショナルの皮を被った立派な素人性感マッサージ師だ! (…)」
(木下古栗「人は皆一人で生まれ一人で死んでいく」 群像2012年7月号p.172)
そして、髪型を作っている最中にも、
「呆れるほど卑猥な手つきだな……もし電車の中でそんなふうに女の髪を触りまくっていたら痴漢以外の何物でもない」
(同p.174)
との声。……確かにその通りだ。そう言えば、「Tシャツ」でも、
先客の女性がパーマ液が浸透するまで放置されている間に頭皮マッサージを受けるハワード。「これはオルガスムスのように気持ちいいですね」
(木下古栗「Tシャツ」 群像2011年11月号p.167)
というくだりがあったっけ。
それはともかく、後半p.188からp.192まで畳み掛けるように続く饒舌な列挙を、しっかり読ませる配置と匙加減は天才的だと思う。「五万人っ子政策を。」とか「チグリスとユーフラテスと鳥皮ポン酢を。」とか「規格外の罪悪感を。」とか「両手に刃物でディベートを。」とか「究極の他力本願を。」とかが好き。
しかし、やはりこの短編の真骨頂は、物語を紡ぎ出そうと遮二無二繰り広げられる導入部の無駄話(繰り返すが誉め言葉)、発端を手繰り寄せるべく手探りで前に進むその極めて小説的な仕草にあるのだと思う。曲が始まる前のリー・ラナルドのギター・チューニングに痺れるのと同じ感覚で。