Sep 25, 2011

「鳩ほど可愛いものはない」

送られて、庫裏を出ると、鳩がくううくううと鳴く。
「鳩ほど可愛いものはない、わしが、手をたたくと、みな飛んでくる。呼んでみよか」
月はいよいよ明るい。しんしんとして、木蓮は幾朶の雲華を空裏に擎げている。泬寥たる春夜の真中に、和尚ははたと掌を拍つ。声は風中に死して一羽の鳩も下りぬ。
(夏目漱石『草枕』)

 この鳩が「くううくうう」ではなく「くるっくぅ」とでも鳴いていたらもっと素敵だったのだが、そんなことはどうでも宜しい。夏目漱石『草枕』の「十一」が多分にミニマルな印象を与えるのは、「春」「夜」「星」「月」「空」「木蓮」「鳩」という唯でさえ強烈なイメージを孕む言葉が、「春」×5、「夜」×6、「星」×5、「月」×8、「空」×8、「木蓮」×6、「鳩」×7と、ひたすらに連呼・反復されることに因るだろう。冒頭で『トリストラム・シャンデー』について触れながらも、イメージからイメージへと連想で繋ぎ発散的に物語を形成していくわけではなく、少ないイメージの中に留まり続けることによって(留まり続けるために)収斂的に物語が紡がれるという三題噺染みた手順が興味深い。それはともかく、「和尚」という本作髄一の登場人物が活躍することだけでも「十一」はわくわくする。